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目標を持つと、「痛み」が生まれる

583号2015/07/27更新

(今日のお話 1953文字/読了時間2分半)
■おはようございます。紀藤です。

土曜日は、猛烈な暑さの中
テニスひたすら4時間でした。
(さすがに頭がぼーっとしました…)

そして日曜は、
”対話を生み出す、ワールド・カフェの作り方”
というワークショップに参加。

非常に勉強になりました。

「7つの習慣」でも、
”第五の習慣 まず理解に徹し、そして理解される”などと、
コミュニケーションの大切さを学びますが、
改めて”対話”が生み出す力を感じた次第です。

さて、早速ですが本日のお話です。

「目的意識」について、
ふと思ったことがありますので、
共有させて頂きたいと思います。
■しばしば本やセミナーでは、
「目的意識を持とう」と言われます。

・夢を持つ
・志を持つ
・目標を持つ
・ミッション・ステートメントを描く
・なりたい自分を思い描く
など、
言葉は違えど、
「目的意識を持つ」とことと、
近い内容だと言えるでしょう。

私自身、その大切さは、
本当に大事だと思っている一人です。

実際、週末に2~3度は、
自分で書いたミッション・ステートメントを見返します。

見返すことによって、
「そもそも自分は何を目指しているのか」
「自分はどこへ向かっているのか」
を見失わないので、日々の行動に軸が出来ます。

迷いが少なくなるため、
私の中で大切にしている習慣です。


■・・・しかしながら、
最近、ふと思ったことがあるのです。

それは、
「目標とかいいから、
 毎日楽しく、のんびり生きていたい」
という友人がこんなことを言ったときのことでした。

「目標とか目的とか持って、
 そんなに頑張ると疲れない?
 もっと気楽に、肩の力抜いていければいいじゃん」

そして、それを聞いて、
確かにそれも一理あるな、
と思ったわけです。

目標を高らかに掲げたり、
強い目的意識を持つと、

「”高い目標へ向かう推進力”を得ること」
というプラスの面とともに、

「”掲げた高い目標”と、現実のギャップに打ちひしがれる」
という負の側面も、
どうしても感じることになります。

例えば、より良い自分になろう、
もっともっとよい結果を目指そう、として、

「よし、毎日早起きするぞ!」
「よし、毎日30分勉強するぞ!」
「よし、TOEIC900点目指すぞ!」
「よし、圧倒的な成果を上げるぞ!」
と意気込むとします。

掲げた行動目標が必ず実行できればよいですが、
人は完璧ではありません。
出来ないときだってあります。
できない時があると、
真面目に向かい合っていればいるほど、自尊心が毀損されます。

「ああ、今日も出来なかったな・・・」
(俺って、なんてダメだ・・・涙)
みたいな感じでしょう。

つまり、「目標」とか「目的」などそもそも持たなければ、
今までの延長線上で行けるわけです。

ギャップを感じずに済むし、
つまり辛い思いもしないし、痛みも感じません。

むしろ、楽だし、
気持ちよく生きられるかもしれない。


■では、こんな話を踏まえて、「目標を持つこと」、
それは悪いことなのか、と思うわけです。

痛みを伴う目標なんて、
そもそも掲げないほうがいいじゃないか、
そんな疑問も出てきます。

しかし、もし、そう問われれば、
私は決してそんなことはなく、

”それでも「目標」や「目的意識」は大事にすべき”

と強く感じるのです。

おそらくですが、人はどこかで
「もっとよくなりたい」、
「今日より、より良い明日になりたい、」
という欲求を、心の奥で感じていると思います

ただ、それが具体的に何か分からないから、
特に行動してはいないだけ。

そして「こんなはずじゃない」
「もっとできるはず」という願いは、
急性の痛みは発生させないものの、
”心のおもり”や”じんわり感じる違和感”のように、
”鈍い痛み”を心のどこかで、
私たちに感じさせている、そのように思うのです。

だからこそ、ワークショップや研修なで、
夢や理想を思い描くと、多くの人が
鈍い痛みを解消し、前へ進んだ自分がイメージでき、
図らずともワクワクしたり、目が輝く、
という感覚を得るのではないでしょうか。


■つらつらと書いてしまいましたが、まとめると

「目標を持つ」「目的意識を持つ」
とそのギャップを感じることになる。

そして、それを意識すればするほど、
そのために努力できなかった自分がいると、
自尊心が傷つくこともある。

”急性の痛み”を感じます。

逆に、「目標」や「目的」を持たなければ、
”急性の痛み”に苛まされることは少ない。

でも、どこかで「もっとできるはず」と違和感を覚える、
つまり”鈍い慢性的な痛み”を感じている。

このような違いがあるのではないでしょうか。

別にどちらがよい、というわけではなく
また、あくまでも私の一個人の見解です。

人生は”快”ばかりではなく、
むしろ、痛みを伴う、いばらの道を歩んでいるようだ、
と感じることがしばしばあります。

結局、何かしらの”痛み”を感じるのであれば、
理想を追い、ギャップに打ちひしがれることがあっても、
青臭く「夢、理想、目標」と言い続けて、歩んでいきたい、

そして敢えて”急性の痛み”を感じ、
それをバネにして、より前へ進む力にしたい、

そして、10年後、20年後、・・・50年後
振り返ってみて、ガンバ手歩いてきてよかったなあ、
としみじみ感じたい、そんな風に思った次第です。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今日も皆様にとって素晴らしい1日になりますように。
【本日の名言】
辞めたいと思う気持ちわかるで。
俺ですら、毎日そう思うんやで。

                 明石家さんま

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