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自分が、どう受け止めるかを決める

641号2015/10/13更新

(今日のお話 1556文字/読了時間2分)
■おはようございます。紀藤です。

昨日は終日、
チームのキックオフミーティング。

昼間はお客様とランチミーティングでしたが、
(Mさん、ご足労頂きありがとうございました)
その他は朝から夕方までレンタル会議室で、
今期の方向性や戦略について議論し合いました。

改めて、

”終わりを思い描いてから始める(第二の習慣 7つの習慣より)”

ことの重要性をひしひしと感じた1日でした。
■さて、本日のお話です。

私の尊敬する講師の方から、
「主体性」について、
考えさせられるお話を聞きましたので、
皆様に共有したいと思います。

では、どうぞ。


■私たちは、人間関係の中で働いています。

そうすると、
色々な意見・評価を受ける機会も
誰しもにある程度あるもの。

特に「人から評価を受ける」という意味では、
<研修講師>と言われる職種では、
尚更その傾向が強い。

そこで、お世話になっている、
ある講師の方に、こんな質問をしました。

「講師の方って、色々な評価を受ける機会がありますよね。

 例えば、人によっては”もっと厳しいやり方がいい”、と言う人もいれば、

 ”いやいや、もっとユーモアを交えた方がいい”、とか。

 でも、それは、
 判断する”価値観”に拠ったりするので、
 何が正解かわからなかったりしますよね。

 そんな時、相手の評価やフィードバックを、
 どう受け止めるんですか?」

というような質問。

要は、

「プラスのことも、マイナスのことも、
 言いたい放題、言われやすいという立場で、
 講師のアナタは、果たして人の意見をどう捉えるのか?」

そんな素朴な質問でした。

それに対して、その講師は、
こう答えました。

「基本的に、フィードバックは嬉しい。

 だから率直な意見は、歓迎。

 でも結局、それを聞いた上で、

 【僕自身が、それをどう受け止めるか決める】から、

 プラスの意見でも、マイナスの意見でも、
 どちらでも歓迎ですよ。」
と。


■この話を聞いて、

「”主体的”とは、こういうことを言うのだろうな」
と感じ入ってしまいました。

たまに、こんな人がいます。

「Bさんの指示、上司のCさんの言っていることと違います!
 私、どうすればいいんですか?!」
とか、

「Dさんには、”熱意があるところがいい”って言われたけど、
 Eさんには、”もっと知的な振る舞いを覚えた方がいい”って言われました。
 一体、どうすればいいんでしょう…?」
みたいな人。

確かに、
素直で真面目な人であればあるほど、
色々な意見を、どれも真剣に受け止め、
その矛盾に耐えられなく思い悩んでしまう、
ということもあるのかもしれません。

しかし”主体的である”とは、
人の意見にどれもこれも従い、
YESということではない。

そんなことを、講師の話を聞き、
改めて思い出したのです。


■「7つの習慣」の
”第一の習慣 主体的である”という習慣において、

主体的な人とは、

「刺激と反応の間にスペースを空けることができる」
と言います。

これは、先ほどの例で述べるなら、

”たとえ、他人からのネガティブな評価や
多くの人の様々な意見に晒されたとき(=刺激)でも、
一時停止して、自分の選択を選ぶことができる”

という話になります。

もっと極端に言ってしまえば、

”相手の意見を受け止めるか、
はたまた聞き流すのかどうかも、自分が選ぶ。
(そしてその結果の責任も、自分が引き受ける)”

ということになるのでしょう。


■私たちは、
より影響力の大きなことをしようとすればするほど、
また動けば動くほど、多くの人と関わり、
そして意見を受ける機会も増えるのだと思います。

そんな中、

”自分の軸を持ち、
相手の意見をYESというか、NOというか、
自分で選ぶことができる”

という能力は、一つの必要な能力ではないだろうか、
そのように思ったのです。

結局は自分の人生。

人が何と言おうが、いつでも最後は、
自分がどうするか決めることができる、

このことは常に胸に留めておきたいものですね。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
今日も皆様にとって素晴らしい1日になりますように。
【本日の名言】
世の人は我を何とも言わば言え。
我なす事は我のみぞ知る。

坂本龍馬

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