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『木を植えた男』が、思い描いた世界

893号2016/07/25更新

(今日のお話 1995文字/読了時間2分)
■ おはようございます。紀藤です。

昨日はTOEICを受けてまいりました。

テストが新しいバージョンに代わって、
話者が急に3人位出てきて、焦りました。

まだまだだなあ、と改めて実感。
手応えは、残念ながらありません(涙)

帰り道はポケモンGOで、
モンスターを捕まえながら帰路へと。

そしてその後、テニススクールへ。



さて、本日のお話です。

突然ですが、皆さま

『木を植えた男』(著:ジャン・ジオノ)

という絵本をご存知でしょうか。

フランスの絵本で、
1895年に生まれた著者が書いた本で、

”偉大な生き方”
”不屈の精神”

など、人生の様々なエッセンスを学べる、
非常に素晴らしい本です。

今日はその本から、

「木を植えた男が、見ていた世界」

というテーマで、
思うところをご共有させていただきたいと思います。

それでは、どうぞ。
■ 「木を植えた男」のお話は、

”私”なる人物の懐古録から始まります。

以下、一部引用しながら、
お話のあらすじです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

話は、何十年も昔にさかのぼる。
あれはたしか1913年のこと。

”私”は、フランスのプロヴァンス地方の、
波の旅人なら、足も踏み入れぬような山脈の道を、
若い足に任せて突き進んでいた。

底は、草木もまばら、全くの荒れ地。
人は住まず、見捨てられた村があるだけ。

枯れ果てた水。
スズメバチの巣のような廃屋。
人が争った爪あと。

そんな山の風景がただ広がっていた。

そこにある村は、荒れていくに任せ、
食料を争い、水を争う、
4つか5つの村があるだけだった。

彼らの願いはひとつ、
ただその場所をぬけ出すことだけだった。



山脈の中に、一つの小屋があった。

そこで、ある男と出会う。
彼は、羊飼いの男だった。

彼は誰もいない荒れ地の真ん中で、
30頭ばかりの羊を飼いながら、
ひたすら「どんぐり」を植えていた。

私は思わず聞いた。

「あなたの土地ですか?」

彼は答えた。

「いいや、ちがう。」

そして続けた。

「誰のものだか知らないが、そんなことはどうでもいいさ」

と。



そういって、ただただ彼は、
丁寧に100粒のどんぐりを植えていった。

彼は3年前からこの荒れ地に、
木を植え続けているという。

10万個の種を植え、
そしてきっと残るであろう1万本のカシワの木が、
そこに根付くことを、思い描いて。



彼は55歳だった。

ただ、死を待つばかりと思われる男は、
ただただ、木を植え続けた。

そして、10年が経ち、
あの荒れ果てた土地は、
私の肩に振りかかるほどの高さになっていた。

そこには小川のせせらぎが流れ、
森が出来つつ合った。
緑が溢れ、生命が息を吹き返しているようだった。



そして、20年がたった。

政府の派遣団が素晴らしいと噂の

”自然林”

の視察にやってきた。
この場所を、国の保護区にするという。

そこは、彼がどんぐりを植えた、
かつて荒れはてた、争いの絶えない地であった。

いまは、すっかり変わっていた。
空気までが、変わっていた。

ほこりまみれの疾風のかわりに、
甘いそよ風が、あたりを柔らかく包んでいた。

山のほうからは、水のせせらぎにも似た音が聞こえてくる。
森からは木のさざめく声がする。

廃屋は跡形もなく片付けられ、
村の人口も増えて、若い夫婦もできていた。

キャベツにバラの花。
ネギと金魚草、セロリとアネモネの花。

色とりどりの住みたい家々たち。

男女が笑い、生活を楽しみ、
1万を超える人達は、その幸せを享受していた。



たった一人の男が、
その肉体と精神をぎりぎりに切り詰め、
木を植え続けたこと。

荒れ果てたちを、
幸いの地としてよみがえらせた一人の男。

その存在を、人々は知らない。

『木を植えた男』より一部引用

~~~~~~~~~~~~~~~~~


■ 荒れ果て達に、誰も知られず、
木を植え続けること。

自分の人生と精神と肉体を削り、

「誰のものだか知らないが、
 そんなことはどうでもいいさ」

と、争いの中で、
一筋の光のように、
信じることをただひたすらに、
愚直に続けること。


このエピソードから、

「本当に偉大な命の燃やし方とは」

について、思わずにはいられません。


■ もちろん、私たちは、
自らを犠牲にして、全てを賭すほど、
聖人君子には、なかなかなれないもの。

それでも、今やっていることが、

木を植えた男のように、

『荒れ果てたこの地を、
 幸いの地へと蘇らせる』

という、誰かのため、
未来のための強い想いがあったとしたら、
それほど力強いエネルギーはない、

そのようにも思うのです。


■ 未来に続く今に生きる誰もが、

自分達が出来ることの範囲で、

「木を植える」

如く行為は、誰もができるはず。

綺麗事で青臭いことかもしれません。

でも、それこそが、
より良く生きる上で、
そして、自分が命を終わらせる瞬間に誇りに思える。

”偉大な生き方”

なのかもしれない、
そんなことを思った次第です。

誰かのために、今できること、
小さなことでも少しずつ、
やっていきたいものですね。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今日も皆様にとって、素晴らしい1日となりますように。
【本日の名言】
人が想像できることは、
必ず人が想像できる。

ジュール・ヴェルヌ

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