500社2500名以上が読む「1日を5%元気にする」メールマガジン

「分け合う」「与える」ためには、まず「自らが所有すること」に真摯に向き合うこと

1286号2017/08/22更新

(本日のお話 2248文字/読了時間3分)
■おはようございます。紀藤です。

昨日は2件のアポイント。

並びに夜は、以前参加していた「ダイヤモンド経営塾」で
ご縁をいただいた社長さんや弁護士など、様々な職種の方々と
約1年ぶりにお食事。

それぞれ業界も、職種も、立場も、バックグラウンドも、

教育業界の上場企業の社長、
私と同い年なのに優秀極まりない弁護士の方、
不動産のパワフル二代目女社長、
保険のスーパーセールスマンなど

と全く違うもの、だからこそ話が面白く、
興味ひかれるものがあるのだよな、
と噛み締めていました。

本当に刺激になり、もっと挑戦しないとな、
と思った夜でした。



さて、本日のお話です。

昨日の会食で、結局、幸せになるためには、

”「分かち合いの精神」を大切にする“
“「与えること」を最優先にする”

が必須だよね、うん、そうそう。
だから、アメリカ・ファーストとか言っても、
結局孤立するだけなのに、なんだろうねえ、

みたいな話になったのでした。


そんな話をしている中で、
ふと頭をよぎったことがあります。

それは、

「分け合うために、人に与えるために、
 まず踏むべきステップがある」

という「7つの習慣」で紹介されていた話。


今日はそのことについて、
改めて「はっ」とさせられましたので、
感じたことについて皆様にご共有させていただいたいと思います。


タイトルは、


”「分け合う」「与える」ためには、
 まず「自らが所有すること」に真摯に向き合うこと”。


それでは、どうぞ。
■最近、「7つの習慣」の英語版を、
英語学習も兼ねて、少しずつ読み進めています。

一文一文噛み締めて読んでいると、
やはり、世界3000万部の名著。
色々な気付きがあるもの。

その中で、昨日の
「分け合いが大事」という話をしているときに
ふと、ちょうど先日読んだパートで、
思い出すところがあったのでした。


それは、こんなエピソード。

(以下、内容をまとめています)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

人には「成長のプロセス」というものがある、という話。



7つの習慣の著者の、コヴィー博士に3歳の娘がいた時の話。
娘の誕生日パーティーの日で、3歳の娘は、
プレゼントのおもちゃをたくさんもらっていた。

そして、リビングの隅で、彼女はその貰ったおもちゃを、
他の子供が「遊びたい、貸して」といっているのに、独りじめしていた。

すなわち、
“共有をしようとしない”、”分かち合わない”
ことを頑なにしていた。

コヴィー博士は、そのときリーダーシップ論を大学で教えていたので、
他の親御さんの目が気になっていた。「あんな偉そうなこといっているのに、
子供はワガママじゃないの」と言わることに恥ずかしさを覚えていた。

「貸してあげなさい」と優しく言ったり、
「あとでお菓子あげるから」と物で釣ったり。

しかし、娘は、
「いらない!おもちゃは私のだもん!
かしてなんてあげないもん!」
と更に頑なになる。そして泣き出す。

最終的には、遊んでいないおもちゃを半ば強引に娘から取りあげ、
他の子供に「どうぞ、これで遊んでいいよ」と与えた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

という話。


■そして、この後、
コヴィー博士は自らの行為を、
よくよく考えて、反省をします。

それは、


『人は“所有する”という体験なくして、
 人に”分け与える”ということはできない』


という「娘の成長のプロセス」を無視していた、
と気づくのです。


娘は「貸し与える」前に、
「所有をする」という経験する必要があった。


当たり前ですが、

“自分が「所有している」ものでなければ、
真に「分け与える」ことなどできない”

もの。

にも関わらず、
他の子供と親御さんの目が気になって、
娘の「成長のプロセス」を無視して、
「貸し与えろ」とは、ひどいことをしてしまった、
まず、勇気を持って「所有する」という経験をさせてあげるべきだった。

そう反省をした、というエピソードです。


■「分かち合う」「与える」。

これは本当に素晴らしい行為であり、
高い人間性であることは、疑いようがない事実。

しかし同時に、
このコヴィー博士のエピソードから感じることは、


【表面的に、「分かち合うふり」でなく、
 真に、心から「分かち合う」ためには、
 自らが「所有する」という経験が必要】


ということ、

これもまた事実である、
と思うわけです。


もちろん、
「所有する」事が目的となってはいけない。

強欲のための「所有」では本当の意味で、
満たされることはないことは、
過去の偉人賢人が、口を酸っぱくしていっています。


ですから、

“「分かち合う」「与える」ことを目的とした、
 プロセスとして「自らが所有すること」「得ること」“

このことに、私たちは、
もっと真摯に向き合ってよいのではないか、

そう思ったのです。


■なんとなく、

「自分が得ること」
「自分が手に入れること」

それは、

お金がほしい、知識がほしい、
勝ちたい、手に入れたい、

そういった欲求は害悪と思われがちですが
一方、その人が枯渇している、飢えているのに

「分かち合いが大事だよね」
「与えることをしなきゃダメだよね」

と、美しい言葉を語る時に、
何か表面的に聞こえる場合がいるのも、
正直なところ、思うのです。


やはり、与えるためには、
ステップとしての所有が必要、
そんなことを感じたのでした。


これは、きっと無形のものでも同じです。

「人が自らの可能性を見つけるお手伝いをしたい」

ということを自らのミッションとして掲げていますが、
これも同様に、自分がそういうことを言うのであれば、

”自分自身が最も「自分の可能性」の芽を大きく伸ばし、
花を開かせていなければ、そんなこと心から言えっこない”

と思います。

そうしなければ、本当に人の成功を、
心から喜ぶことが出来ない、と思うのです。



だからこそ、

====================================

本当に自分が「人に与えたい、分け合いたい」と思うものがあるならば、

まず“自分”がそれを最大最高に「得ること(所有すること)」に、

”真剣に”“真摯に”取り組む

====================================

このスタンスが大事ではなかろうか、

そんなこと「7つの習慣」を見返しつつ、
思った次第です。
【本日の名言】
私がとても愛している徳がたったひとつある。
その名は「わがまま」という。

ヘリマン・ヘッセ”

初めての方はこちらから

ビジネス&ライフに小さな変革を 未来習慣メールマガジン

カテゴリー別で見る

「7つの習慣」から探す

キーワードから探す

年別アーカイブ

※このサイトは、フランクリン・コヴィー・ジャパン(株)とは関係なく、記載されている内容の責任は著者個人に帰するものです。