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「闘る・闘る」の空気においては、”気を抜く”という技術が役に立つ ~人間関係の不要なトラブルを避けよう~

1276号2017/08/12更新

(本日のお話 2554文字/読了時間3分)
■こんにちは。紀藤です。

本日、祖母の初盆のため、
朝5時に起床し、山口へ帰省しました。

が、不慮のトラブルの連続により
何と飛行機に乗り遅れる(!)ということに。

何とかルートを変え、
11時の法事には間に合ったものの、

“羽田→北九州→山口宇部”

という往復ビンタのコースに加え、

夏のお盆にて、飛行機+新幹線+タクシーという
ホラー的な高額コラボレーションになってしまいました。
(とほほ)


こんなことは初めてでしたが、妻とともに、
心痛(と財布の痛み)で胸を痛めています。


現在は、法事を終え、
山口宇部→別府温泉に電車で移動中。



さて、本日のお話です。

そんな悲しき旅程中に、先日から読み進めている
『龍馬がゆく』を読んでいたのですが、
その中に、とても学びになるシーンがありました。


そして、その時の
『竜馬がゆく』で描かれている坂本龍馬の対応が、
現代社会で起こりうる様々な
「人間関係のトラブル」に対処するにあたって、
役に立つ心構えである、と感じたのでした。


本日はそのお話についての学びを
皆様にご共有させていただきたいと思います。


タイトルは、


”「闘る×闘る」の空気においては、”気を抜く”という技術が役に立つ”
  ~人間関係の不要なトラブルを避けよう~


それでは、どうぞ。
■本日、朝7:01。

羽田空港にて。


諸々トラブルの連続があり、
夫婦で、飛行機に乗り遅れた事実に
喪服姿のまま立ちつくしておりました。

「お前のあれが悪かった」
「いやいやアンタこそこれが悪かった」

と、夫婦共々、
言い合いになりそうな不穏な空気が、
旅程中流れたのですが、

「これで、お互いに罵り合っても、
 1日が無駄になるよね」

ということで、

「起こったことは仕方ない!」
(まあ、法事には間に合うし)

と別の話題(「駅弁の鯖寿司がうまいね」という話)
に切り替えて、何とか、
緊張した空気をやり過ごしたのでした。


ぶつかっても、遺恨が残るだけ。
だから、不要な争いは避けよう。


自分の人生で、わずかながら学んできた
処世訓かもしれないな、

そんなことを思いながら。


■そんな思いを心に残しつつ、
読み進めていた『竜馬がゆく』(著:司馬遼太郎)に、
こんなシーンが登場したのです。


それが、今回の、
「飛行機乗り遅れ事件」の際、
思うことと、共通するな、と思ったのです。


ちなみに、小説のシーンは、
こんな内容でした。



時代は、明治維新が起こる直前。
京に「新撰組」が浪士達を取り締っていた時勢の話。

坂本竜馬は、新撰組からも目を付けられていました。

そんな張り詰めた情勢の中、
大人が2人くらい通れる狭い街路にて、
新撰組12、3人の隊列と、坂本竜馬とその弟子2名が鉢合わせになります。

このままいけばすれ違う。

それは「斬るか斬られるか」となりかねないことを意味する。
双方、いいようのない緊張が走っている。


弟子の二人は、緊張のあまり、
歯が噛み合わず、「どうしたらよいか」と震えている。

そんな中、坂本竜馬は
(小説の中で)こう言います。


「金馬、虎の介(弟子の名)、
 ひとつ、剣の妙機を教えてやろうか」


と。

そして、坂本竜馬は、そのままつかつかと
新撰組の方に歩いて行く。

当時、新撰組の隊の前を横切るものは、
「斬り捨て御免」が許されていました。

もうお互い、ほんの数メートルという距離。
ピリリと、更に緊張が走る。


そんなとき、坂本竜馬は、
ふと道を逸れ、軒先に入ります。

戻ってきたときには、
生後3ヶ月くらいの子猫を抱きかかえ、

「ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ」

とネズミの声真似をして、
少年のようにあやし始めたのです。

緊張していた新撰組の隊員一同は、
邪気を抜かれたかのように、呆然としている。

そして坂本竜馬は
「ちゅっ、ちゅっ」と猫に頬ずりしながら、
堂々と隊の横を横切っていく、

そして、何事もなかったかのように、
隊をやりすごしてしまった。


隊員は、まるで少年のように、
緩やかな顔になって、それを見過ごしていた。



そんなエピソードです。


■そして、この話の直後に、
坂本竜馬が弟子にこう、言うのです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ああいう場合によくないのは、気と気でぶつかることだ。
 闘る・闘る、と双方同じ気を発すれば、
 気がついたときには斬り合っているさ」

(弟子より)「では、逃げればどうなんです?」

「同じことだ、闘る・逃げる、と積極、消極の差こそあれ、同じ気だ。
 この場合はむこうが“むしょうやたら”と追ってくる。

 人間の動き、働き、の八割までは、そういう気の発作だよ。
 ああいう場合は、相手の”そういう気”を抜くしかない」


引用:『竜馬がゆく』(著:司馬遼太郎より)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



この話を聞いた時、
「なるほど!」と、膝を打つ思いに駆られると同時に、
現代でも大切な心構えだと、強く感じたのです。


■社会で人間関係の中で生きていると、
時にぶつかることがあります。

例えば、

同僚、上司と意見がぶつかった時。

または友達と争いになり、
攻め立てたくなったりするとき。

はたまた、夫婦で、
双方、お互いそれぞれの「非」をなじり、攻撃したくなるとき。
(今回の私の「飛行機乗り遅れ事件」のように汗)


それが生産的、建設的なものだったらいいです。


しかし、ただただ、
「相手を打ちのめしたい(闘ってやる)」
となることも、時にある。


しかし、「闘ってやる」と自分が意気込み、
相手も臨戦態勢になっているときに戦っても、
どちらかが傷つくだけになるもの。


江戸時代と違って、「刀」はなくとも、
「言葉の刀」で相手を傷つけてしまうことも、
確かにあるのです。

そして、それは、不毛なものです。


■だからこそ、そんなときには、
坂本竜馬が新撰組に対して、
猫をあやすようにして語った、


『気をそらすこと』


こういったスタンスが、
感情的になりすぎているときこそ、
有効な心の姿勢ではなかろうか、

そう思ったのです。


闇雲な、感情に任せた
「闘ってやる」×「闘ってやる」
では、何も生まれません。

むしろ失うだけのことが多いのは、
きっと昔も今も、大きくは変わらないでしょう。


だからこそ、「闘ってやる(怒)」モードの時にこそ、
ちょっと一呼吸をおくこと。

相手の気が向かってくるときは、
売り言葉に買い言葉ではなく、
受け流す、という発想も持つ。


相手を無下に扱うという意味ではなく

「心を別の視点に向ける」

という技術はとても大切なことではないだろうか、
そんなことを思った次第です。


ということで、感情的になりそうな時、
ぶつかっても仕方ありません。

努めて「気を抜いて」いきたいものですね。


飛行機乗り遅れた後
「お互い攻めても楽しくないだろう」と
鯖寿司を食べつつ、気を抜いたのは良い判断だったな、

と(ちょっと強引に)思いつつ、
共有させていただいた次第です。
【本日の名言】
堪忍は無事長久の基、
怒りは敵と思へ。

徳川家康”

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