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なんとなくの「言葉」は伝わらない。
一粒一粒、想いをのせて、自分の「言葉」で語ってこそ、人に伝わるもの”

1360号2017/11/04更新

(本日のお話 1235文字/読了時間1分半)
■こんにちは。紀藤です。

昨日はひたすら読者、読書。

米国のDARPA(ダーパ)と呼ばれる
軍事組織の科学実験について書かれた、

『マインド・ウォーズ  操作される脳 』

ならびに、

『日本語が亡びるとき』

などを読み進めていました。



さて、早速ですが、本日のお話です。

昨日読んでいた
『日本語が亡びるとき』に書かれていたことを読みつつ、
「言葉の大切さ」について、思うことがありました。

今日はそのお話について、
皆様にご共有させていただきたいと思います。


タイトルは、


【なんとなくの「言葉」は伝わらない。
一粒一粒、想いをのせて、自分の「言葉」で語ってこそ、人に伝わるもの】。


それでは、どうぞ。
■書籍『日本語が亡びるとき』に書かれていた話。


国際的な標準語が英語となり、
若い時から、母国語より、
標準語である英語を話す人が増えてくる。
(経済活動上、便利だから)

しかし、その汎用的なツールとしての
「言葉の波」が、特殊であるとされる言語(民族言語など)を飲み込んでいく結果、
何千もの言語がなくなっている、現実がある。


その土地に根付いた言葉、発音、文字。

それらのものがなくなった時、
大切にしてきた文化や心も失われるのではないか。

そして作家である特殊な言語の人々は、
そんなマイナーな言葉で、美しい表現をし続けることで、
今のこの「大が小を飲み込む」時代と戦っているのだ、



そのような話が語られていました。


■「言葉」とは、
古くから「言霊」とも言われるように、

ただのツールとしての言語を超えて、
深い意味があると感じます。


使う人の「魂」が、
話した言葉、
書いた言葉にこもるとき、

ただの「記号としての言語」を超えて、
相手の心を動かすものになる、

というのが「言葉」であると思います。


■少し話が変わるのですが、
先日、私が師と仰ぐ方とのやりとりで、
こんなことがありました。


私が、メールの冒頭で

「度々失礼いたします」

と伝えたところ、

「失礼なメールなら送らないこと」

というような指摘がありました。


そのときに思ったことが、

普段のビジネスシーンでも、
何となく、思いが込められていない、
空虚な表面的な言葉で話をしていることが、
多々あるのではないだろうか、ということ。


例えば、

「いつもお世話になっております」
(初めて会う人に対しても)

とか、

「お疲れ様です」(疲れてないのに)

とか、

「大変申し訳ございません」
(そんなに申し訳ないことでもないのに)

というように、

『何と無く聞こえがいいから』
『言った方が無難だから』

ということで使っている「言葉」が、
無意識でもたくさんあるのだろう、と思ったのです。


■もちろん、全てを否定するつもりはありません。

ただ、言葉とは

「相手に何かを伝えてこそ」

の存在です。


だから、なんとなく、
思ってもないのに伝える言葉は、
乱暴に言ってしまえば、

「がらくたの言葉」

といえるのかもしれません。


そういったものは、受け取る側も、
「なんだか表面的」「気持ちがはいっていない」と感じるもので、
その人の言葉ではない、と思うものです。


だからこそ、自分が語っている、
言葉の一粒一粒が、自分の真心から出てきているものか、
見つめること。

きちんと精査して、
大切な珠のように、
丁寧に届けようとすること。


人には、きちんと伝えなければいけない、
大切な時があります。


だからこそ、
「言葉の大切さ」をもっともっと考えて、
自分の言葉で語ることが大切なのだろう、

と思います。


【なんとなくの言葉は伝わらない。
一粒一粒、想いをのせて、
 自分の言葉では語ってこそ、人に伝わるもの】


です。


言葉を大切に、
相手に思いを伝えてまいりましょう。
【本日の名言】
自分が真実から目をそむけて
子どもたちに本当のことが、語れるのか。

宮沢賢治”

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