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真剣な想いを伝えたければ、「自分の言葉」で話すこと

1343号2017/10/18更新

(本日のお話 1148文字/読了時間1分半)
■おはようございます。紀藤です。

昨日は3件のアポイント。
夜は前職でお世話になった、
ある会社の役員の方と会食でした。



さて早速ですが、本日のお話です。

少し前に、インターネットのニュースで、
「本当にその通り!」、と深く思い、
大変共感したことがありました。


今日はその話を紹介すると共に、
思うところをお伝えしたいと思います。


タイトルは、


【「努力」とは、ただやることではない】


それでは、どうぞ。
■タレントで、アスリートの武井壮さん
(百獣の王で有名な型)が、こんな話をしていた、と
インターネットのニュースに流れていました。


それは、「努力の仕方」についての話。


--------------------------
(以下、twitterより投稿)

『全く同じ練習して他の人より努力しても
 伸びない奴は伸びないですよ、僕がそうです』だとよ。

そういう人にじゃ見せて、と実技させたりすると
技術的にも物理的にもまるで間違えている事が多くて、
一言指摘しただけであっさり伸びる。

『全く同じ』努力『他の人より』努力って、
ただやることじゃねえよ。

(武井壮 twitterより)
---------------------------

とのこと。

この話、非常に納得しました。


■思うのですが、
何かに時間を使ったり、
一生懸命になっていると、
結構、気持ちよかったりします。


「俺、頑張っているじゃん」と悦に浸りやすい。

でも、そうなっている時が要注意である。



昔、こういうことがありました。

営業の後輩で、電話をかけまくっている人がいました。
彼は、満足げに言います。

「100件電話したんです。
 でも、アポイント、とれませんね」

その顔には、
(これだけやったんだから、仕方ないだろう)と
書いてあるように見える。

しかし、よくよく見ていると、
ただただ闇雲に、ロボットのように、
無機質に同じトークを繰り返しているだけ。

”ただ時間を使っているだけ”で、
そこに何の工夫も、真剣味も感じられなかった。


「英語の勉強をしている」という場合もそう。

単語帳を眺め、
負荷がかからないレベルで、
だらだらと勉強して、

「毎日2時間勉強してます!」

と言っていたとしても、
それは「努力」とは呼べない、


そう、思うのです。


■「ただ時間は使う」ことと、
「努力」は違います。


自分が使う一瞬一瞬の時間に、
集中をして、体も脳をフル回転させて、
全身全霊で取り組んでこそ、

「ホンモノの努力」

と言える、そう思います。


結局は、その人がどこを目指しているか、次第ですが、
より高みを目指すのであれば、

・ゆるゆるした時間、
・どこか気の抜けた集中を欠いた状態、
・人任せ、環境任せの状態

それで時間をたくさん使って、
「努力した」と思っているとしたら、

「努力した”つもり”」
「頑張ってる”つもり”」という
罠にハマっているのかもしれません。


■繰り返しになりますが、


【「努力」とは、ただやることではない】


です。

ただ時間を使うのではなく、
一瞬一瞬真剣に、覚悟を持って取り組むこと。

有限な時間の中で生きているからこそ、
大事なことだと思う次第です。
【本日の名言】
自分を破壊する一歩手前の負荷が、
自分を強くしてくれる。

フリードリヒ・ニーチェ”

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