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「サンドバック的フィードバック」は凶器である。
しかしながら、使いようになっては、一皮むける良薬となる”

1341号2017/10/16更新

(本日のお話 2334文字/読了時間3分)
■こんにちは。紀藤です。

日曜日は、土曜日に「サムライ塾」懇親会にて、
飲みすぎてしまい、やや2日酔いだったため、
妻とジムにて筋トレや、バイクのマシンにのって
汗(残り酒)を流しておりました。

午後からは、カフェなどで読書や諸々仕事など。

漫画『インベスターZ』というものを、
たまたま読んだのですが、面白かったです。

「投資」のマンガなのですが、
最近、世界、文化の成り立ちと「お金」は切っても切れない間柄であることを、
つくづく学び、理解しているため、とても興味深いです。



さて、本日のお話です。

人材育成に関わっていて、よくよく思うこと。
それが、「フィードバックの大切さ」です。

それは、時に重たく、辛く、
自分を傷つけるものかもしれないし、
いまいましくすら思うこともあるもの。

でも、やっぱり、使いようになっては、
本当に素晴らしい“特効薬”になる、

と思うわけです。


今日は、そんな思いとともに、


【「サンドバック的フィードバック」は凶器である。
 しかしながら、使いようになっては、一皮むける良薬となる】


というテーマお伝えさせていただきたいと思います。

それでは、どうぞ。
■突然ですが、私の前職の、
「苦い経験」の告白です。


それは、転職して1年目の出来事。
(第二新卒で二社目の入社だったので当時25歳)


通称「JDP」と呼ばれる研修に、
会社の命で参加することになったのでした。
(Junior development programとか、そんな名称の略だったと思います)


それは、私の「苦い経験」でもあり、
逆に今思えば「ありがたい経験」でもあったと、
振り返ってみると、思うことがありました。



さて、この“JDP”研修なるもの、一体何なのか?

平たく言えば、


“「周りからのフィードバック」を通じて、
 社員の行動改善をする”


というような目的で実施される研修です。


最初に、自分自身の“振り返り(アセスメント)”を行います。


私は当時(今も)、基本的に

「まあ、なんとかなるっしょ」というスタンスで、
適当に生きている節があるので、
“振り返り(アセスメント)”を行う際も、


「まあ、こんなものかな。
 結構、自分、がんばってる気がする」


というノリで、このテストの真意もわからず、
否、理解しようともせず、

・あなたは仕事の役割を果たしていますか?
・周りとの協働を心がけていますか?
・組織の期待を認識していますか?

などなどの、
意味ありげな質問に対して、

「4(まあまあ出来ている)」とか
「5(よく出来ている)」と、

恥ずかしげもなく、やみくもに、
◯を付けまくっていたのでした。
(その後、ヒドイことになるともしらず)


そして、同時に、そのアセスメントを、
上長や、同僚にもやってもらうのです。

そして、その結果を持った上で、
研修に臨んだのでした。


■そして、1泊2日の研修が始まります。

色々と講義やら何やらがあり、いよいよ
「参加者それぞれのアセスメント結果」に対しての、
フィードバックがあったのです。

前に立って、自分のアセスメント、
他の人が評価した自分のアセスメントを見比べ、
その理由などを、前にたって皆に説明するのです。

私の場合、やたらと

・自分自身の自己評価が高い(4~5ばっかり)
・上司、部下の私への評価は著しく低い(1~2ばかり)

という状態。

そして、その理由を考えて、
「ちょっと、自己評価を甘くしすぎましたね。ははは。」
みたいに、話をしたところ、講師の表情が一変。


「キミは、独りよがりの裸の王様だな。
 見ていて恥ずかしい」


その場の空気をぶった切るような、
辛辣なコメント。


なかなか、そんな言葉をもらうこともないので、
心臓を箱に詰められたような
なんともいえぬ衝撃を受けたのでした。


■ただ、とは言え、
心の奥底ではわかっていたのです。

実は、自分自身でも、

”自分を棚に挙げていること”

が、どこかでわかっていた
「弱み」である、と。


そこを、ズバリ指摘をされたから、
とんでもなく動揺し、衝撃を受け、
凹んだのでしょう。


更に更に、会社に帰ってから、
その研修の話を皆に報告し、社内でも、
「率直にフィードバックをぶつけ合う」という場があったのですが、

それこそ360°あらゆるところから、


「全然できていないよね」
「ここだよくない」
「あれはどうかと思う」


と”サンドバックの如きフィードバック”をもらい、
ボコボコにされ、さらにベコベコに凹んだのでした。

それから、しばらく、
自信を失い、だいぶしょぼくれていた記憶があります。
そんな、25歳のある日でした。



そして、その時、強く、思ったのです。


『「フィードバック」は、“凶器”である』

と。


■正直なところ、あの研修自体は、

「ただただ奈落に落とされる」研修で、
そこに、”愛情”は感じなかったため、
気付きより、ダメージが大きいものでした(汗)


しかし、その後、社内に戻ってから、
信頼している近しい先輩から、
研修の振り返りも踏まえて、改めてフィードバックをもらったのです。


違っていたのは、その時は、

・「フィードバックを受け止める気持ち」があったこと、
・「信頼している先輩」が言ってくれたこと

でした。

愛情を感じられる状況と、
フィードバックへの体制がついていました。

そして、その上で、

「正直、紀藤のよくないところはこういうところだと思う」
「一生懸命な姿勢はよいけれど、それだけじゃダメだね」

と言ってもらえたことは、
自分にとって、深い気付きになったのでした。


そして、同時に、思ったのです。


『フィードバックは、「薬」である』

と。


■そして、改めて思うのが、


【フィードバックとは、凶器(毒)にも薬にもなる】


ということ。

何となく、関係がない人から、
闇雲に言われた(と感じさせる)フィードバックは、
人をただ傷つけるだけにもなりかねない。
「凶器」になりえるもの。


しかし、きちんと受け止める心の準備ができていて、
その理由も理論立てて説明されており、
信頼おける人からの、愛情がある(と感じさせる)フィードバックは、
「薬」になるもの。



だから、フィードバックが効果的に使えれば、
自分をより高いところへと、
連れていってくれると思うのです。


■よく言われる話ですが、
「自分で自分の姿」は見えません。

“こうやっているつもり”

と思っても、それが真実とは限らない。


だからこそ、自分で思う姿だけなく、
「どう見えているのか」という、
むしろ求めてでも得ていきたいもの。


闇雲なフィードバックはただの凶器になりえますが、
自ら望んで、フィードバックを正しく利用すれば
それが、自分をブレイクスルーするきっかけになるものです。


だからこそ、

【「サンドバック的フィードバック」は凶器である。
 しかしながら、使いようになっては、一皮むける良薬となる】

と思います。


ということで、功罪ありながらも、
なんだかなんだ

“「フィードバック」はとても重要”

である、と思った次第です。
【本日の名言】
経験は最良の教師である。
ただし、授業料が高すぎる。

トーマス・カーライル”

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