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「まだ見ぬ世界」に挑戦すると、すべからく凹む。
しかし、着目すべきは「まだ見ぬ世界」に飛び込んでみようという
気概を持ったことである。”

1339号2017/10/14更新

(本日のお話 2234文字/読了時間2分)
■おはようございます。紀藤です。

昨日は2件のアポイント。
今後の人材育成戦略などについて、
色々と議論を深めた時間でした。

3時間ものディスカッションにお付き合いいただいた
K様、O様、ありがとうございました!



さて、早速ですが、本日のお話です。

昨晩、家に帰った後、妻と話をしたときの話。

妻が若干元気をなくしていて、
その理由を聞きながら、思うところがありました。


今日はその話について、
ご共有させて頂くとともに思うところを
お伝えさせて頂ければと思います。


タイトルは、


【「まだ見ぬ世界」に挑戦すると、すべからく凹む。
 しかし、着目すべきは「まだ見ぬ世界」に飛び込んでみようという
 気概を持ったことである】。


それでは、どうぞ。
■夜23時頃。

帰りが遅くなった私が、
ご飯を食べているとき、

ふと、横で
(ヨガマットにてストレッチをしている)妻が、
つぶやきました。


「私、本当に20代の頃頑張ってなかったんだなあって、
 最近、よくよく思うんだよね」

何となく、神妙な面持ちです。

「どうしてそう思うの?」

何気なく聞いてみたのでした。

すると、彼女はこう答えます。


「アーツ(アートディレクション講座)に行き始めて、
 同世代の人と話すんだけど、
 圧倒的なレベルの差を感じるんだよね。」


そんな、自分の能力のなさに対する、

失望、焦り、
サボってきた後悔、

そんな感覚を感じすぎて辛い、
というような話でした。


■ちなみに、妻はデザイナーです。

「デザイン」といっても幅が広いのですが、
専門学校を卒業後、広告のデザインをしていました。

とはいっても、
勤め先は大変小さな小規模会社。

同期や多様な顧客から「もまれる経験」、
はあまりして来なかった様子。


その後、転職して、
WEBデザイン(ホームページ作成)を覚えるのですが、
そこでも割と、平和に仕事をしてきました。


が、1年ほど前トラブル発生。

務めていた会社が倒産。

結果、彼女はフリーランスとなったのでした。

当然、自分で仕事を獲得せねばならない、
抱えるようになったのでした。


そうすると、自分の実力が露呈されます。


「でも、作業者ではなく、
 本当はもっとお客さんに寄り添った深い提案や
 コンサルティングができるようになりたい」


そんな気概、目標を持ち、
「アートディレクション講座」なる半年間のコースを
受講し始めたのでした。


■そして、新たな環境に、悩む妻。

私は、そんな妻を見て、
「うん、いいなあ」と何となく微笑ましく
思っていたのでした。

別に、妻をいじめたいわけでも、
辛さを笑っているわけでもありません。


単純に、上昇気流に乗っている、
と私は思えたからです。


人の成長には、
かならず「ルール」がある、
と思います。


自分がより高みを目指して、
「まだ見ぬ世界」に飛び込んだとしたら

“自分以上の猛者たちが集まっている”

こと至極、当然の話。


その猛者たちの中にいて、
その高い基準、思考回路にもまれていれば、

居心地が悪く、
劣等感を苛まれ、
なぜいるのだろうと疑問を感じ、
早く離れたい、もうやめたい、

と感じるのは、ある意味当然の話です。



ランニングだって、
「もっと速く走りたい」と思い、
自分より力量があり、速い人と走れば
ペースが上がり、速く走れるものです。
(キツいけど)

テニスだって、
「もっとうまくなりたい」と思い、
自分より圧倒的に上手い人と練習し続けると、
急角度で上手くなっていくものです。
(ボコボコに負かされるけれど)

仕事だってそう。
もっと高いレベルにいきたい、と願い、
自分より遥かに高いレベルにいる人と一緒に仕事をすると、
その高い基準に引き上げられるもの。
(プレッシャーはとてつもないけれど)


ですから、

『上の世界の人にしがみつくと、
 キツいが、高みへといける』

のです。


■そして思います。

真に着目すべきところとは、
「高いレベルの世界に入ってしんどい」
という、表面的な話ではなく。

そんな話は、いまさら言うまでもないし、
「キツくても、上の世界に居続ける」ことだけ、
歯を食いしばってやればよいです。


本当になによりも、真に着目すべきところ、
評価すべき、大切なところというのは、

そもそも、


【「まだ見ぬ世界に飛び込んでみよう」という気概を持ったこと】


である、

そう思うのです。


「挑戦」には、“痛み”が伴います。
普段できないことに立ち向かうから「挑戦」なのです。

「挑戦」とは、小さい頃、
逆上がりをしようと思っても出来なくて、
夕方までずっとやってもできなくて、
涙して、がんばって、ようやくできた“あの経験”です。

「挑戦」とは、自転車にのって、転びながら、
それでもお兄さんお姉さんのように乗りたいと思い、
転んで、傷だらけになりながら立ち向かった、“あの経験”です。


どれも、

「何かできるようになりたい」
「まだ見ぬ世界へいきたい」

という思いがあったからこそ、
出来ないことに対する悔しさ、歯がゆさを抱えながらも、
それを情熱に変えて、突き進むことができるのです。


それは、小さい子供だろうが、大人だろうが、一緒。


まだ自分ができない、
でも出来たらいいな、という想い、渇望、
すなわち、


【「まだ見ぬ世界に飛び込んでみよう」という気概を持つ】


ことこそが、すべての始まりであり、
根本であり、それを持てたことこそを、
評価すべきと思ったのです。


■そんな文脈で考えると、
妻の、「何も出来なくてつらい、キツイ」というのも、

逆上がりに挑戦する子供
自転車に転びながらトライする子供

と同じようなもの。

なにより、評価すべきは、
妻が何気なく口にした、


『本当はもっとお客さんに寄り添った深い提案や、
 コンサルティングができるようになりたい』


という、「まだ見ぬ世界」に憧れ、
トライしようとした、その姿勢にこそ褒め称えてあげたい、

と思ったのです。


始まりは、その人の思い、気概です。

それに付随する、辛さ、違和感は、
すべからく発生する成長痛のようなもの。


大切なことは、気概を持ち、
前へ進むこと、ただそれだけです。
【本日の名言】
死んだら葬儀屋も悲しんでくれるくらいに、
一生懸命生きよう。

マーク・トウェイン”

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