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「まだ見ぬ、未知の可能性」を信じてみることが、人生を拓く

1313号2017/09/18更新

(本日のお話 2115文字/読了時間2分)
■こんにちは。紀藤です。

昨日の夜より、茨城の妻の実家に帰省。

諸々やることがあり、先ほど東京に戻ってきて
24時間も滞在できませんでしたが、ゆっくりできました。


余談ですが、車の音の代わりに、
虫の声がする田舎の夜は、とても癒やされますね。

最近、定年後に田舎で農業などをして暮らす人が増えているそうですが、
どんどんテクノロジーが発達し、生活の加速度が増す世の中において、

自然とのつながり、人のつながり、
時間流れをゆっくり感じたい、
テクノロジーは必要ない、最低限あればよい、

そんな人が増えてくるのだろう、と思います。


色々な生き方が選択できる世になることは、
これから起こりうる未来だと感じます。

だからこそ、自分が何に喜びを感じ、
どう生きていきたいのかを考えることは、
ますます大事なことになるのだろう、

と思う今日この頃。



さて、本日のお話です。

茨城の妻の実家に帰った理由の一つが、

「義理の母に“とある情報”を伝えること」

でした。

ある情報とは、「リウマチの治療」についての話なのですが、
そのやり取りの流れから、思うことがありました。

ということで、
本日はその話をお伝えしつつ、


【「まだ見ぬ、未知の可能性」を信じてみることが、人生を拓く】


というテーマで、思うところを
皆様にお伝えさせていただきたいと思います。

それでは、どうぞ。
■義理の母はリウマチです。

私もアレルギー(鼻炎、喘息、アトピー)に
悩まされてきた身として、慢性疾患の辛さの一旦、
寛解はすれど、完治はしないことの切なさは、
なんとなくわかる、と思っています。

(トライアスロン、トレイルランも
 1日中、日を浴びた後の一週間は、
 体が炎症を起して結構大変です 涙)


しかし、リウマチというのは、
それ以上に大変な病ということを、
義母の話を聞き、重々理解したのでした。


義母は、一時期、薬をやめて、
東洋医学にシフトした時がありましたが、

結果、全身が激痛に苛まされることとなり、
布団が触れるだけで、骨が折れたように痛い、

そんな話を語っていました。



今でこそ、薬で寛解をして、
症状は落ち着いているものの、
常に、体に火種を抱えている状態。

そんな矢先、お世話になっている恩師から、

“膠原病(リウマチ)に関する情報”

を知り、その話を共有しにいったのでした。


■そして、私と妻が、
新しく聞いた「治療法」などについて伝えます。


すると、義母は、色々聞いて、

「でも、まあ、
 体は今落ち着いているから、大丈夫だよ。」

と答えるのでした。

一方、隣で聞いていた義父は逆。
ひたすら心配しています。


「とはいえ、あの薬の量は多すぎだろう。
 他にもいい方法があるんじゃないか?
 せっかくだから、他の医者にも見てもらってもいいんじゃないか?」


対して、義母は、

「セカンドオピニオン(別の医者の意見を聞く)は
 珍しくなくなったのはわかるけど、お世話になっている医者を
 何だか裏切るようで、申し訳ない気がする。」

一方、義父は、

「いやいや、そんなこと言っている場合じゃない、
 新しい情報は知るべきだ。何かあってからでは遅い」

と言う。


■そして、このやり取りを聞いていて、
強く思うことがあり、私の意見として、
こんなことを伝えてみたのでした。

ちょっと、人材育成的な話で、こんな話です。


「世の中には、

 1,「知っている」、と「知っていること」
 2,「知らない」と「知っていること」(=数学、医学、物理学など、知らない領域)
 3,「知らない」ことすら「知らない」(=想像すらしない領域)

 の3種類がある、と言われます。

 “1,「知っている」、と「知っていること」”は
  既に知っている知識、治療法、など、ですね。

 “2,「知らない」と「知っていること」”は、
  「どうやらこういう治療法があるらしい」、
  というような「知らないこと」を認識している領域。

 ただ、『一番可能性が眠っている領域』とは、


 ”3、「知らない」ことすら「知らない」“


 である、と言われています。


 リウマチでも、町医者ではなく、
 その種の専門家、世界の先端の人に話を聞くと、

 「そんなやり方があったのか」
 「今は、そこまで進んでいたのか!」
 「無理だと言われていたのに、成功例が実はあったのか!」

 という方法があったりするんです。

 ただ、自分が「知らない」だけ。

 否、「知らない」ことすら「知らない」から、
 想像することすらしないし、想像できないのです。

 でも、その道の専門家に会った瞬間、
 「その道がある」と知ることができる。


 未知が、未知でなくなる。

 そこ「可能性が眠っている」ことがあるものです」


そんな話をしてみたのでした。



■この話がどれほど、
義母に届いたかはわかりませんが、
上記の話は、実際そうなのです。

世の中の殆どのことは、知らないことだらけ。

知らないことすら知らない領域は、
全情報の99%以上と言われるほど。

一個人、特に一般の人が生きていて、
知っていることなど、たかだかしれている。

だから、


志なんてない、
楽しいことが見つからない、
自分に合う仕事なんてない、
良いパートナーなんていない、

という人でも、
「未知の領域」に足をツッコミまくっていると、
どこかで「心のリトマス紙」が反応したりする可能性は、
絶対にあるのです。


仕事でも、
趣味でも、
人間関係でも、
理想の生き方でも、

”知らないことにこそ、「可能性」が隠れている”

ものなのです。


「まだ見ぬ可能性」というのは
“まだ見ぬだけ”で、どこかにあるもの。


私は、そう思って止みませんし、
そう信じた方が、毎日も希望に溢れます。

挑戦する気持ちも湧き上がります。


だからこそ、あらゆることに対して、


【「まだ見ぬ、未知の可能性」を信じてみることが、人生を拓く】


と信じ、日々歩むことが大切である、

そう強く思う次第です。
【本日の名言】
才能は隠れているものだから、
出かけていって見つけなければならない。

フロリアン”

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