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「バレンタインデー」における”モテない男の学習性無力感”から学ぶこと

1463号2018/02/15更新

(本日のお話 2238文字/読了時間2分)
■おはようございます。紀藤です。

昨日も引き続き、
ギャロップ社主催の、

『さあ、才能に目覚めよう』の
ストレングス・ファインダーの
コーチング資格取得コースの5日目でした。

5日間、ガッツリ学んだのは、
久しぶりですが、これからの私の活動にも、
大きく影響してきそうです。


「強み」とは何か。

どうやって活かすのか。

仕事やキャリア、
モチベーションにどのように影響しているのか。


などなどについては、
また追って小出しにしていきたいと思います。

(ちょっと、脳を休めます)


また研修が終わった午後からは社内でのミーティング。

そして、夜は深く関わってきた
「サムライ塾」という私塾の仲間と打ち合わせなど。



さて、本日のお話です。

話は変わりますが、
昨日は2月14日、バレンタインデーでしたね。

世の中の男性、女性の間で、
色々なドラマ(?)が生まれたのかも知れません。


そんな中、ふと自分自身の”思考習慣”について、
気がつくことがありました。

そして、結構大切な話ではないかと思いましたので、
皆様にぜひ、ご共有させて頂きたいと思います。


タイトルは、


【「バレンタインデー」における”モテない男の学習性無力感”から学ぶこと】


それでは、どうぞ。
■昨日のバレンタインデーでしたね。


男性の皆様、チョコレートを
貰った方もいれば、そうでない方もいたり、

女性の皆様でも、チョコレートを
準備された方もいれば、そうでない方もいたのでしょう。


特に正解はないですし、
まあ、一つのイベントなので、
どうしようが自由なのだろう、

と思います。


■なんて、いいつつ、
昨日のバレンタインデー。

私(紀藤)は、そもそも
「今日がバレンタインデーであること」、
その存在すら頭に浮かびませんでした。


しかし、会社に行った時、
心優しき女性社員の皆様一同から、
メッセージが入ったクッキーを頂き、

(あっ、そういえば今日はバレンタインデーだったんだ)

と思い出したのでした。


■このとき、はたと思ったのでした。

それは、

「バレンタインデーは、私(紀藤)にとって、
 いつから”何も変わらない1日”になったのだろう?」

という疑問でした。



思うのですが、バレンタインデーとは、
同じ1日であっても、人によって、
全く違う日になるのでしょう。


想像してみたのですが、
恐らく、モテてる人にとっては

「毎年、チョコレートが集まる日」

が”習慣化”しているわけですから、
朝から、その心づもりで、出社したり、
学生であれば、学校に行ったりするのでしょう。

もしかすると、”もらうこと”を前提に、

・その日の服を決めたり
・その日のカバンを決めたり(容量が大きめのもの)

ということもあるのかもしれません。



しかし、対象的に、
モテない人にとってはどうか。

それは、

「特に何もない1日」

でしかなく、ただ過ぎゆく、
カレンダーの中の1日でしかありません。

(だって、チョコレートを貰えるわけでもないから)


■そして、そんなことを考えていたとき、

私(紀藤)が、


「そもそもバレンタインデーという存在が、
 ”頭の中”に浮かんでさえこなかった」


という事実を持って、


”いく歳月の中、自分が2月14日という日を、
「いつもと変わらない1日」を過ごしてきたのか”
(=モテない歴史を歩んできたのか)


ということを、
図らずも、思い知ることになり、
なんとなーく物悲しい気持ちになったのでした。


■そして、

「同じ1日だけれども、
 人によって、違う意味を持つ」

ということ。

このことを考えた時に、
その理由を考えてみたとき
ふと、ある言葉を思い出したのでした。


それが、


【学習性無力感】


というもの。


これは、


”何度も失敗を繰り返すと、
「自分はできない」ということを学習し、
 チャレンジしなくなる”

という話です。


イメージで言えば、【カマスの悲劇】という話ですね。



これをバレンタインデーの
モテない男の思考に当てはめると、


・バレンタインデーに、チョコレートを期待する。
 ↓
・しかし、何もない。
 ↓
・ちょっと傷つく
 ↓
・傷つくのは不快。だから、
 そもそも何も期待しなくなる(=学習性無力感)

と、なるの(かも)しれません。


■面白いもので、こういった

【学習性無力感】

というものは、
刻まれた”思考習慣”みたいなもの。

だから、自分では普段意識することはないのです。

しかし、パソコンのCPUのように、
見えなくとも確実にその回路は動いていて、
私達の日常に影響を与えているのでしょう。



私(紀藤)がバレンタインデーを、
「そもそも何もない日」に仕立て上げたのは、
学生時代の「無力感」だったのかもしれません。

そして、それが私の
”2月14日の思考習慣”になっていたのかもしれない、
そんなことを思ったのでした。


■そして、この話から学べること。

それは、


『他の人にとってはチャンスだけれども、
 自分にとっては、チャンスに見えなくなっていること』


があるのではないだろうか、

ということです。


・「新しい交流の場」はチャンスである、

と思う人もいれば、そうでない人もいる。


・「環境の変化」がチャンスである、

と思う人もいれば、そうでない人もいる。


・「プレゼンの機会」がチャンスである

と思う人もいれば、そうでない人もいる。


そして、

・「バレンタインデー」がチャンスである、

と思う人もいれば、そうでない人もいる。



そしてそれをわけているのは、
”事実”ではなく”解釈”であり、
自分のこれまでの経験です。


もしかすると、
”チャンス”とみなすものを阻んでいるものは、
自身の『学習性無力感』なのかもしれません。

なんて、思った次第です。


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<今日の未来習慣>

無意識のバイアス「学習性無力感」がないか、
想像してみる。

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本日も皆様にとって素晴らしい1日になりますように。
【本日の名言】
人間は一生に一度ではなく、
一日ごとに気持ちを改めていかなければならないのです。

ナイチンゲール”

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