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脳卒中で記憶をなくした、じいちゃんの「第二領域」

41号2014/04/30更新

■おはようございます。紀藤です。

ゴールデンウィークの中日ですね。
いかがお過ごしでしょうか。

長期休暇で帰省されている方もいるかと思います。
帰省ということでふと思い出したのですが、
今日は私の親族から学んだ気付きを共有いたします。

皆様も親族の方には何かしら影響を受けているのではないかと思いますが、
私の場合、特に尊敬しているのが、祖父です。


■私の祖父は、中国国籍です。
曽祖父が中国から来たのが私の家系のルーツで、
そのため様々な苦労があったそう。

約60年前、宮崎の中心街にて「四海楼」という中華料理店を立ち上げ、
バブルの頃にはかなりの売り上げを誇っていました。

4階建ての、大箱がある中華料理店として、
宮崎市街において

「宴会と言えば四海楼」、
「打ち上げと言えば四海楼」、
「歓送迎会と言えば四海楼」

ということでかなりの常連客もおり、
常に酔っぱらったお客さんで賑わいを見せていました。


■そこの創業者としてお店を切り盛りしていたのが私の祖父。

しかし、バブル後は急激に宴会も減り、
学生の打ち上げも、歓送迎会も、会社の接待もなくなり、
賑わいを見せていた四海楼は、急激に衰えていきました。

そして、売り上げがゼロになる日が続きました。

しかし祖父は、
「従業員が路頭に迷うから」という正義感で
自分の貯金を崩して従業員に給料を払っていたそうです。


■そして、四海楼は、8年程前に閉店をしました。

その後、今までの苦労のためか、
ある日突然、祖父は脳梗塞で倒れました。

何とか一命をとりとめたものの、
祖父は記憶をなくしていました。

4人の娘とたくさんの孫がいるのですが、
名前が思い出せない。

何かをしゃべろうと思っても、
言葉が思い出せず、出てこない。

そんな状態が続きました。


■しかし、祖父はあきらめませんでした。

倒れる前から、祖父は努力家でした。

夜必ずお風呂場で体操をし、
朝は起きたら乾布摩擦、ということを習慣にしていました。

その習慣がいつから始まったかわかりませんが、

「自分を磨く」

ということが、祖父にとっては習慣になっていたようです。

入院後、ある程度動けるようになった後、
祖父は新しい習慣を始めました。

それは、「新聞を書き写す」という、地道な作業。

これを自身の日課にしはじめました。

「なぜやるのか」、と聞いたときに祖父は、
「言葉を忘れたくないから」といっていました。

ちなみに、この時の祖父の年齢は80歳。


■「まずは体から慣れましょう」、
と病院から勧められる中で、誰から言われるわけでもなく、
祖父は率先して、「自らの重要なこと」を行う選択しました。

言葉を取り戻して、
もう一度コミュニケーションをするために、
「緊急ではないけれど、重要なこと」、
つまり7つの習慣でいう『第二領域』に時間を投資しました。

その結果、
「大切な人とコミュニケーションをする」
という能力を取り戻していきました。

そして、まだ完全ではありませんが、
今では全員の名前も思い出し、
何気ない会話もできるようになりました。


■よく、

「始めるのに遅すぎるのはない」、

と言われますが、
祖父はそれを体現してくれたように思います。

7つの習慣の「第三の習慣 重要事項を優先する」において
「第二領域」(=緊急でないが、重要なこと)に時間を投資する
大切さが述べられています。

祖父を見ていると、人はお墓に入るまで、
自分を磨き続けられるのだと、感じさせられました。

私のような若輩者が言うのは憚られますが、
「老いてなお盛ん」
と言えるような人生を歩みたいと思った次第です。


今日も皆様にとって、よい一日になりますように。
【本日の名言】
自分がどうやりたいか
まず自分自身に問え。
しかる後、
しなければならないことをせよ。

                エピクトテトス

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